『モルゲン、明日』コメント

HEAD2_A.jpgHEAD2_B.jpgHEAD2_3.jpgHEAD2_4.jpgHEAD1-E.jpgHEAD2_6.jpgHEAD2_7.jpg

BANA4.jpg

深い絶望を、命の未来に繋げていこう
混迷に踏み込んだまま、歯がゆい失望感を抱え込んでいる今こそ、この作品を見て下さい。日本でも出来ることがあるはず! 日本でも何かが動き出しているはず! どんな時も明日に向かう命の力を、見失わないために。

───加藤登紀子(歌手)


地球環境を語り、自然エネルギーを語る映画も増えた。
しかし、「Morgen、明日」はそのどれとも異なる。
プロパガンダ映画でもなく、観る者に現実を突きつけ答えを迫る映画でもない。
映画から滲み出てくる坂田雅子監督の生き方に魅了されてしまった。

───木村結(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟事務局次長)


涙が出ました。感動の涙と悔し涙です。 私の映画「日本と原発」「日本と再生」で描き得なかった 前史(ドイツの脱原発、自然エネルギーの)と、 未来図(使用済核燃料の処理、自然エネルギー100%への展望) が描かれています。 日本とドイツの違いがよくわかりました。 しかし私たちも、近い将来、ドイツに追いつけると思います。

───河合 弘之(映画監督・弁護士)


photo2-1.jpg



福島の後、メルケル首相による素早い脱原発宣言に驚嘆した。しかしこの珠玉のドキュメンタリーは、それを可能にしたのは半世紀にわたる一般市民による数々の反原発運動の成果であることを明らかにしてくれる。経済性や産業より自然と景観、そして「安心して眠れる」ことを大切し、真実の歴史を学び、自分も社会もさらに民主的になるための努力をしているドイツの「ふつうの人々」。原発を止める国と、止められない国の違いは大きい。

───道下匡子(作家・翻訳家)


ヒットラー独裁への反省、そして1968年の学生運動からドイツの反原発運動が始まり、チェルノブイリの事故を契機に原発に代わる再生可能エネルギーが市民の手で拡大してきたことが良く分かります。そして日本の福島原発事故がそれまで原発を容認してきたメルケル首相にドイツの原発ゼロを決断させました。福島原発事故を起こした日本こそがドイツの同じように、再生可能エネルギーで全てにエネルギーを供給できる社会を目指すべきです。

───菅直人(政治家)


島原発事故があった。日本は徐々に再稼働の道を歩んでいる。しかしドイツのメルケル首相は脱原発を明確に示した。何故だろう、この映画はその回答を求める旅である。そしてドイツにおける脱原発の道は、昨日今日の動きではない。長い歴史がある。地域が原発を止めてきた歴史がある。脱原発は地域社会の安全と関係がある。争点を広げ、地域重視の政治運動を生んだ。日本の政治を考える上で貴重な映像である。

───孫崎享(外交評論家)


photo2-2.jpg



ドイツは福島の原発事故に学び、メルケル首相が指導力を発揮し脱原発を決定した。 一方事故の当事者である日本では、電力会社を中心とした原子力ムラが、依然として 原発にこだわり、放射性廃棄物の山を築き続けている。この映画は、ドイツ市民の 先進的な取り組みを描いており、自然エネルギーによる明るい未来に進もうという 勇気を、日本の私たちに与えてくれる。

──吉原 毅(城南信用金庫相談役)


日本とドイツはそう遠いところにいるわけではありません。二〇一一年三月の原発事故はエネルギー政策に対する考えを変えた多くの人がいました。考えを変えるだけではなく、実際に行動を起こす多くの人がいました。そして、それは小さな実際的な行動に繋がっています。今、日本を旅行すれば、休耕地などに太陽光発電のソーラーパネルを見ることができるでしょう。私はそれを電気畑と呼んでいます。また、脱原発へ向けて、多くの政治家を動かすことになっています。

───中沢けい(小説家)


独裁体制やチェルノブイリを経験したドイツは、脱原発を決め、多くの難民も受け入れている。一方、同じような経験をした日本は、なぜ違うのか?この映画は、その答えを探す一人の女性の旅の記録。見終わったあとに、少しの勇気とたくさんの合理性が背景にある「市民の力」「連帯して立ち向かう」「未来を信じる」などの言葉が、とても身近に感じられるはずだ。

───明日香壽川(東北大学教授)